コラム:温泉を好きということ

温泉の『素晴らしさ』それは何か? 温泉に入浴するというのは私にとって、旅の最中であればその日一日の苦労が結実する瞬間だ。

足湯

知らない土地を旅するということはけして楽しいことばかりとは言えないもので、そればかりかその日一日ただ苦労しただけで終わってしまう場合だってありえる。

まず道に迷うなんてことは序の口で、あれはいつだったか会津地方を旅していた時、来るとこまで来たし、後は帰るだけという段になって必要もないところで旅情を求め旧道の峠に入った。地元の県という事もあり適当に行けば帰れるだろうなどと甘く見ていたのだ。いや、はっきり言ってなめていた。

するとその峠道には「この先工事中」の文字。しかし工事中であろうがなかろうが男には進まなければならない時がある。それが今でなくしていつであるというのか!迷わず直進する私の車の前方にまたもや立ちはだかった「工事中」の文字。しかも今度は「車両通行不可」のおまけ付きだった。

通行止

「ままよ!」私はバリケードをどかし、車を乗り入れた。そうして進む事約20km程。現れたのは道を塞ぐ巨大なショベルカーだった。

行き止まり

後悔というのはいつも先にはたたないものである。先にたつのはいつも「どうにかなるだろう」という根拠のない自信だけだ。 そしてその自信が粉葉みじんに打ち砕かれた時、私はいつも「後悔先に立たず」というこの言葉の意味をとうに味のなくなったガムをまだ口中で愛しんでいるかのように、噛み締めるのである。

しかし、このような状況に陥っても最後に良い温泉に辿り着けさえすれば、私は自然微笑んでいるのだ。私にとって良い温泉というのはどのような苦労が伴っても、清算してくれるレジスターのようなものである。チーン、ガッシャーンといえば釣り銭が帰ってくる場合もある。

ところで温泉というのは難しいもので、手当たり次第に行ったからといって及第点の付けられる温泉が沢山あるわけではなく、場合によっては前弁した苦労が全て水泡に帰すこともある。

しかし私は温泉を巡り続ける。何故ならば百湯巡って駄目でも最後の一湯が良ければその苦労は清算されるから。それが温泉の素晴らしさだから!

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