「ちょっとこの企画やめようかなぁ」五ヶ瀬町に行った!!

五ヶ瀬町

西臼杵郡五ヶ瀬町(宮崎県)

五ヶ瀬町は、大字三ヶ所・大字桑野内を三ヶ所村、大字鞍岡を鞍岡村と称していた。両家とも旧藩時代は延岡の内藤藩に属していたが、明治4年の廃藩置県によって延岡県の管轄となった。その後同5年に美々津県、6年に宮崎県、さらに9年に鹿児島県へと移り、明治16年宮崎県の再置に伴い宮崎県に属することとなった。翌17年臼杵郡が東西に分割された際、西臼杵郡に編入された。

明治22年町村制の施行によって三ヶ所村、鞍岡村が誕生し、その後昭和31年8月1日、両村が合併し現在に至る。

五ヶ瀬町マップ

というまあ、堅苦しい概要説明はひとまずこっちにおいといて、これもまたマニアックな所へ訪れたものだ。

五ヶ瀬町と聞いてすぐ九州の町だ!と理解が出来る人は、まず間違いなくこの町の出身者であろう。私も偶然訪れてしまうまではこの五ヶ瀬町という名前を目にしたことも聞いたことも無かった。

あるいはどこかで小耳に挟むこともあったのかもしれないが、あったとしても取り立てて有名な物や事がある所でもないこういった土地の名前など、得てして人の記憶には残らないものある。

しかし、この企画ではむしろそういった「全く有名でない市町村」に重きを置いてレポートしたいと思っているのだ。なぜなら、今更前回の由布院のようなすでに名の通った土地のことを書いたところで、それはすでに誰かが、いや殆どの旅行関係の出版社が温泉、観光ガイド等で紹介していることであろう。

そんな所は自称「九州探検家」の私が改めて訪れるに価しない。人々が見たことも聞いたことも、ましてや訪れたことなど全くないという、マニアックかつマニア好みの土地を訪れてこそ「九州探検家」の名に恥じない仕事であると言えるのだ。

そこで今回の五ヶ瀬町である。まさしく九州のど真ん中、まさしく九州の中央山地の真っ直中と言えるような所にこの町は存在する。

ことあるごとに力説していることだが九州の中央部というのはまったくミステリーゾーンというのに相応しいと私は考えている。連なる山脈地帯と原生林の広がる九州の中央部こそ現代に
残された最後の秘境と言っても過言ではないのだ(過言かな)。

そう、私はいつの日かこの企画を続けるうちに「地図にさえ載っていなかった村」をこの九州中央山地で発見してしまうのではないかと期待しているのだ。そこには現代文明からは大きく取り残された「九州原住民」が生息しており、「九州語」という言語で生活しているのではないかと密かに睨んでいるのである。まあそんなことが本当にあるわけはないが、相当にマニアックな市町村に出会えるのはおそらくこの五ヶ瀬町をキーポイントとした大分、宮崎、熊本、鹿児島の隣接しあうラインのこの九州の中央山地部分であろうと私は勝手に期待している。

五ヶ瀬町での宿はお約束の野宿であったがこの日は偶然にも高台にある素敵なキャンプ場を発見したため、そこにテントを張り何不自由なく一晩を過ごした。...それにしてもである。この九州のど真ん中に立つと今更ながら九州、いや日本は広いのだと思う。

島国の中の更に島である九州の中央部。360度遮る物が何もない高台からそれを見渡すと見えるものといえばどこまでも続く山脈地帯だけである。その向こうに海があり、陸地が途切れているとは思えないくらい大陸的な広がりを感じる光景だ。私はその景色に見とれながらも、この企画の気の遠くなるような先にあるゴールにたどり着く日を夢見て五ヶ瀬町での夜は静かに更けていった。

観光ガイド:九州はでかいとちょっと弱気になる。

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